どうも、「日本海大海戦」と「連合艦隊」を見てから、頭の中で戦艦が走り回るは艦砲ぶっ放すはで困っている。
なので、今となっては最も新しい部類に入る「戦艦」の映像を見たくなったわけだ。
ちなみにこの「ウィスコンシン」は、最後の現用戦艦となった米海軍のアイオワ級の4番艦で、湾岸戦争の際にも参戦している。
本来なら、とっくに歴史の中の存在になっていたはずの「戦艦」が、なぜこのアイオワ級だけがこうまでご奉公できたのか?
今夜は、波津見の趣味に走って、おれなりの「戦艦論」を語ってみようかな。
そんなに長々とはやらないけどね。
まず、「戦艦」の定義については、こちらを見てもらうのがいいかな。
当の日本海軍が自ら戦艦を前世代のものとしたのに、大艦巨砲主義の精華ともいえる「大和」を就役させたのは有名な話。
ちなみに、このアイオワ級も、その大和を念頭において作られたものだけど、当時アメリカは、46センチ砲の存在を知らなかったんだそうだ。
砲力では大和が圧倒的に有利だけど、精密な射撃統制装置とレーダー管制による精密射撃のアイオワ級も侮れない、というのは海事に多少詳しい人なら認めるところだろうね。
ちなみに、見るアングルによれば、アイオワ級のスタイルは、どことなく大和に似ていなくもないと言えるかもしれない。
ではここで、なんでアイオワ級が戦後50年にもわたって現役にあることができたか、それについてお話を。
まずは、何をおいても「設計が新しかった」ことが要因だろうね。
そして、「建造年度も新しかった。」
アイオワ級の末っ子のウィスコンシンは、1943年の進水。
戦艦としては、新しい世代に属する艦で、日本の「金剛級」が、戦艦としては有数の30ノットという高速を発揮していたことに触発されて、「せやったらこちとら、33ノットやで、ワレ。」とばかりに高速性能を重視した設計。
おかげで全長は大和よりも10メートルほど長い。
でも、全幅も抑えているので、水に対する抵抗が少ないってわけだ。
また、1980年代にレーガン政権がこの4隻を復帰させたときも、主砲の弾道計算機はそのまま使ったというくらいに精度が高い弾道計算ができるシステムがあったことも大きいと思う。
あとは、ミサイルの発達も大きかった。
沿岸部に対しては、ご自慢の41センチ砲が猛威をふるい、内陸に対してはトマホークが精密攻撃。敵艦には主砲に加えてハープーン対艦ミサイルが飛んでくし、ミサイルで攻撃するとしてもファランクすが待っているし、これを撃沈するならシルクワームやエグゾゼでも容易じゃなかろう。
全くもって物騒なのがこの「戦艦」という代物なのだけど、味方の戦力として使うのならこれほど心強いものはない。
野球選手や戦車の場合、「走・攻・守」の高次元でのバランスが求められるけど、戦艦も同じで、アイオワ級はこのバランスが非常に高かった。
他のアメリカ戦艦は、ノースカロライナ級以前のものは日本海軍と同じに第一次大戦前後の旧式艦がほとんどだった。
新設計の戦艦はノースカロライナ、サウスダコタ、アイオワの各級ということになるが、ノースカロライナもサウスダコタも足が遅かった。
日本海軍党のおれとしては忸怩たるものがあるけど、アイオワ級の設計のバランスのよさは、認めざるを得ない。
金剛級は太平洋戦で活躍した戦艦だけど、いかんせん設計が古すぎ。
(でも、トータルで見ると大和よりも好きな艦ではある。)
・・・時は流れて、戦争の形態も変わりつつある。
もはや、彼らがその巨体を戦場の海に浮かべることはないだろうし、そうなることを願いたい。
とは言っても、戦争そのものがノスタルジーの世界となる日は、まだまだはるか遠くだろう。
・・・ちなみに、おれは第二次大戦における航空機の有用性は不動のものであると考えている。
対艦巨砲主義者ではあっても、現実を見る目はありますって。
でもそれって何だか、宇垣纏みたいだなぁ。
ちなみに宇垣纏とは、こういう人。


